キリスト教

パウロの思想

聖パウロの生没年は正確には分かっていません。イエス没後、エルサレムでパリサイ派の一員として、神殿批判をしていたキリスト教徒を迫害してしまいました。ダマスコのキリスト教徒を迫害するために向かう途中、聖パウロの目の前にキリストが現れ、キリスト教徒に回心したといわれています。聖パウロはイエスをイスラエルによって待ち望まれたメシアであると確信し、ユダヤ人、非ユダヤ人でこのことに関心がある人々に広める任務を自覚したとされます。イエスの福音を伝える任務をイエスから与えられたと確信したのです。しかしユダヤ教をその時に捨てたわけではなかったとされています。聖パウロはその後エルサレムでペテロ、ヤコブに会ったとされます。異教徒に対する布教活動を行い、多くの改宗者を獲得しました。しかしその後事件に巻き込まれ、2年間イサリアでで獄中生活を余儀なくされます。ローマ市民の権利を行使して、ローマの皇帝に上告し、その後はローマに護送され、軟禁生活を送りました。その後の動向はよく分かっていません。